月刊「皮膚病診療」Vol.30, No.3
「病院皮膚科が生き残るために」
2007年11月2日開催
大阪大学大学院医学系研究科分子病態医学
皮膚科教授 片山一朗
宮地良樹先生
京都大学医学部皮膚科教授
古川福実先生
和歌山県立医科大学皮膚科教授
片山一朗先生(司会)
大阪大学大学院医学系研究科皮膚科教授
はじめに
片山 過日、“病院皮膚科医が「燃え尽きない」ために”という議題で日本皮膚科学会勤務医問題委員会が開かれました。本日はその報告を交えて同委員長を務められた宮地良樹先生と古川福実先生とともにお話を進めていきたいと思います。まず宮地先生からお願いいたします。
宮地 病院皮膚科の現状問題として、“医療崩壊”がキーワードになってくると思います。小児科や婦人科を中心に医師が疲弊して辞めていくという“立ち去りサボタージュ”がある中で、皮膚科には救急対応もなく、比較的楽な商売をしているとみられ、夜起こされない、死なない、変わらない、儲からないといくつもの“ない”があり、昔から“第4内科”といわれてきました。しかし、いま、病院勤務医が疲弊して辞めていき、研修半ばで開業する医師が非常に増えているという状況があります。大学でも教室の先生が辞めていく状況はある程度ありますが、勤務医の先生がそれほど緊迫した状況だとは思っておりませんでした。日皮会の理事会の中でも、日皮会として病院皮膚科の問題を取り上げるべきではないかという意見も出ましたので、私が委員会を立ち上げてメンバーを集め、半年間で3、4回集まって議論しました。現状分析をし、病院勤務医が疲弊せずにやりがいをもって、燃え尽きないためにどういう具体的な方策を提示できるかに焦点を絞り、具体的にまとめました(日皮会誌:117, 1399, 2007)。
地方の勤務医と都会の勤務医の現状
片山 最初の問いかけが勤務医の先生からだったということですが、大学と勤務医でかなり状況は違うと思いますし、地方と都会でもまた状況は違うかと思います。古川先生、現状はいかがでしょうか?
古川 和歌山県は京都、大阪に比べれば地方の範疇に入るとおもいます。現在、公立病院に常勤で出ているところが3つか4つあります。各先生方は一生懸命頑張っているのだけれど、収入の面、とくに一人医長は夏休みがとれない、あるいは本人が病気になったときにどうするかという問題があります。加えて和歌山県は南北に長いですから。新宮など特急で3時間ぐらいかかりますから、とくに緊急の場合にどのような応援体制を組むかという問題があります。
宮地 南北問題もあるのですね。
古川 一人医長でいろいろな苦労が累積していくと、まず身体的に疲弊していきます。また、公立病院はどこでも赤字ですから、市長さんの方針によって病院の医師の給料が下げられてしまうこともあります。ですから一人医長は身体的に辛く、なおかつ全体が赤字で給料が減らされてしまえば、やり場のない疲弊感のようなものがでてきて、しかたなく開業されていくというのが実態だと思います。
あるいは逆に2人を3人に増やそうという病院もあります。院外処方の場合、私は年間売上が1億5,000万円ぐらいになったら3人にしたいという目標を立てています。売上はせいぜい月々1,000万円でしょう。ただ、良心的に皮膚科の診療に費やしていると、1億5,000万円を算出するにはへとへとになるまで部長ががんばらなければまず続きません。なおかつ若い人を指導していると身体的に疲労で続けられないと思います。ご質問の地方と都会の違いは煎じ詰めれば病院の数の問題と入局者の数が根本にあると思います。
片山 古川先生が教授に就任されたのは新研修医制度が始まる前だと思いますが、その前後でとくに大きな変化をお感じになられますか。
古川 もともと和歌山県立医大は3カ月ごとのローテーションで内科と外科と9科を回ればあとはどこを回ってもよかったのです。制度的には卒業後3年目に入局するというのは変わりませんでしたが、新研修制度では皮膚科を回ったとしても数カ月でその時点でチョイスが減ってくるので、従来は内科や外科に行こうと思っていた人で皮膚科に興味をもってくれた人に入ってもらうという考えだったのですがそれが成り立たなくなりました。新研修医制度になってローテーターの数も減り、入局者の数もゼロではないもののかなり減りました。
片山 宮地先生、新研修医制度導入の前後で京都大学は何か変わった動きはありますか。
宮地 ありますね。京都大学でも昔は開業する先生はあまり多くありませんでしたが、最近は開業志向が強くなってきましたまた、教室への帰属意識が希薄になっている感じもいたします。何年かいて、専門医をとり、学位をとり、お礼奉公をしてから開業するという流れがある程度ありますから、かつてのようにその微妙なバランスを踏まえて、地方の病院にもやむをえず赴任する、といったしきたりはもう完璧に壊れましたね。
今回の新研修医制度が、入局者の変動も含めて病院皮膚科が廃れていく一因かと思います。くしくもそのせいで地方の病院がつぶれていくということもおこっています。
按分ルールで不利な病院皮膚科
宮地 皮膚科の収益が少ないことも大きな問題だと思います。開業医の先生はおおむね儲かっていますので、皮膚科が赤字になる構造になっているとは思えません。経営担当の副院長をしている私からみますと、病院の分析で稼働額の大きいところは儲かっているという錯覚がおこってしまうことも、儲からないといわれている一因だと思います。京大ではこのようなことがありました。高価な機械やMRベッドを購入したり、心臓血管外科や循環器内科のように非常に医療材料の高いものを使ったりした結果、請求額が上がる一方で収益は上がらなかったため、大学は心臓血管外科を一度とめたところ、全体に占める材料費の医療費率が33%ぐらい下がり、病院全体の収支が黒字になっています。このことから、儲かっていないといわれる一因に按分ルールがあると考えられます。皮膚科は高価なMRやCTはあまり使わないのに、設備投資が全科で按分されるため、計算上不利になっているのです。
勤務医と開業医の住み分けを
宮地 また、病院皮膚科に適した治療体系を生かし、common diseaseは開業医の先生にお任せして“住み分け”する必要があると思います。入院が必要な急性疾患としての蜂窩織炎や帯状疱疹、膠原病や、技術が必要な皮膚外科など、単なる薬物依存治療ではないもので病院皮膚科に適したものを受け入れることによって収益を上げることが重要だと思います。現在の勤務医の外来体系では、実地医科の先生と同じようなcommon diseaseを診ているような気がしますが、湿疹やみずむしなど病気をただ診て薬を処方するという薬物依存の治療ではあまり収益につながらないのではないでしょうか。
また、一般的には収益は外来15人分で入院1人分といわれています。だから15人診るよりは1人入院させたほうがペイするわけです。つまり、収益の点からいえば、100人外来で診るよりは、5人入院させたほうがいいという話になります。今後の病院皮膚科は一般の実地医科の先生との住み分けを明確にして、common diseaseであれば紹介されても返し、入院へのシフトを図るほうがよいでしょう。
片山 皮膚科では開業医の先生が提供できる医療と、勤務医あるいは大学でないと提供できない医療が区別しにくい部分があります。京大が膠原病や、外科的な手術でかなり収入を得ておられるように、今後は病院皮膚科と開業医の先生との役割を区別し、住み分けることになると思います。
宮地 Common disease以上であったら病院に行ってもらうようにして、開業医の先生はご自分がたとえばアレルギーなどのサブスペシャリティをもっていたら、それを発揮していいと思います。
それに対して、病院はcommon diseaseの患者さんが開業医から紹介されてきたら、きちんと説明して逆紹介で返して、外来をむやみに増やさず、病院皮膚科に適した患者さんだけを診るようにするとよいと思います。紹介状をもってくる患者さんのほうがそうでない患者さんの3倍くらい入院につながる可能性が高いのです。病院皮膚科は入院につながる患者さんを診るというのが私は原則だと思います。そうでなかったら実地医科の先生にお願いしていいわけです。このとき、受け皿の勤務医はきちんとしたスキルをもたなければいけません。トレーニングによって手術がきるようにしておいたり、膠原病を診られるようにしたり、一味違うものをトレーニングするようにするのが望ましいでしょう。手術はしないという大学もあったり、膠原病は内科医に回すところもありますが、それらは病院皮膚科がある程度コミットすべきであり、また、そうしなければ、薬物依存の湿疹、みずむししか診れない医者になりかねません。教育ができていないことが開業医との差別化ができていない一つの背景にあると私は思います。
皮膚科学会のほうで(?を)立ち上げましたが、日臨皮にも申し入れて江藤隆史先生が担当理事になって一定のリスクを担保してほしいことや、どういった患者さんを病院に紹介したらいいかという指針を出すとおっしゃっています。
それから今後、来年4月の第107回日皮会総会でもシンポジウムをいたしますし、秋の支部総会でも病院皮膚科の問題点をテーマにしてワークショップやシンポジウムを組み、病院が崩壊したら開業医もつぶれるという危機感を共有し、住み分けていくことがお互いが燃え尽きないようになる秘訣であると、呼びかけていきたいと思います。
今後、たとえば韓国のように、湿疹、みずむしの薬がすべてOTCにスイッチされることはありうると思います。すると、韓国同様、ほとんど処方しているだけで処置しない開業医は経営が破綻します。病院にcommon diseaseは開業医に返しなさいといったら医療経済上は行政としては金がかからないわけですが、そうなったときの対処法を考えておかなければ、8割の開業医はつぶれると思います。韓国の開業医は美容と外科に移行したようです。アメリカも一時そうでした。勤務医の問題だけではなく、皮膚科全体の問題として危機感をもつべき事柄だと思います。
また今回の勤務医問題委員会では、実地医科の先生は、合併症もトラブルもない急性患者を診てパッと治すのがいちばん収益が上がるようになっているいまの保険体制が問題だという意見がありました。帯状疱疹でも少しでもリスクがあると病院に紹介するというのが、開業医の最近の傾向です。病院勤務医のもとには医師の説明不足で不満のある患者さんや「診断が違っている」、「治らない」といった患者さんが流れてきます。外来で時間を使って説明をしても全然収益にならずトラブルの後始末ばかりさせられているきらいもあります。その一方、開業医はリスクのない患者だけを診て収益を上げるという構造になっています。こういった図式がある中で、開業医の先生も後方支援病院としての病院があるからこそ外来診療ができているのですから、そこを支えるという認識をもって、応分のリスク負担をしていただきたいものです。お互いに住み分けて支えていかないと共倒れになるだろうと思います。
反対に勤務医がどんどん開業に流れたら、開業医は飽和します。2007年、私のいる京都市左京区で7人ほど開業したそうです。地方や過疎地では開業医は非常に流行っていますが、飽和状態の都会では開業医の中の食いつぶしもおこると思うので、開業医の先生には医療制度の中での構造をよく見据えて住み分けることにご理解いたきだきいですね。
格差問題を解決してマンパワーを増やす
片山 病院の診療をいかに効率よくするかということは大きな問題になっています。近年、重症でリスクの多い患者さんが大学、あるいは基幹病院に集まる傾向が非常に強くなってきたのですが、そこで一番問題なのはマンパワーです。私が長崎大学にいたときも関連病院ではだいたい一人医長でかなりの病気に対応していたのですが、いまは本来の医療以外の問題でリスク管理の時間のかかる患者さんが増えています。そうなると物理的な面に加え、もっと問題なのはメンタルにかなり疲弊している若い先生たちが増えてきていることです。実際、阪大でも何人かの先生が、そういった患者さんの対応でかなり燃え尽きてしまう傾向がみられました。病診連携、あるいは病病連携にもつながりますし、マンパワーをいかに増やすかという戦略的な問題も解決していかなければならないでしょう。宮地先生がおっしゃったように医療効率をうまくやればさらに1人か2人ぐらい雇ってくれる資金は病院にあると思うのですが、古川先生はマンパワーの戦略について何かお考えをおもちですか。
古川 少々話がそれるかもしれませんが、大学間格差をなくしていくことも1つの方法だと思います。都会の大学と地方の大学では入局者の数が違い、京大、阪大では毎年10人以上入局しているという話も聞きます。地方大学は、たとえば和歌山であれば平均して1人とかゼロとか2人です。ところが実際、地方の大学といえども入局者が1人か2人ではたまらないですよね。日皮会としてやはり地域の配分、皮膚科への配分を考えていただきたいという思いがあります。
宮地 古川先生がおっしゃった格差問題に関しては違う意味で以前、日皮会の理事会でも問題になりました。いまの制度では、たとえば一人専門医の専門医の認定施設に1人で行った場合、極端な話、まったく手術しない先生であっても5年いて試験さえ通れば専門医が取れてしまいます。しかし、やはりある程度大きなレベルも小さなレベルも経験しないと専門医として無理があるのではないでしょうか。たとえば眼科の学会では、専門医制度の中に大学病院での研修を1年義務づけています。皮膚科でもやはり最初にエクスポーズされるものが湿疹、みずむしだけ診るような病院ではなく、膠原病も悪性腫瘍もある大学でエクスポーズされてこないと、やはりよくない。そういった経験を義務づけることに意義があると思います。
もう1つは、1つの大学があまりたくさん採用しないほうがいいと思います。アメリカでも3人2人くらいしか取りません。いい大学はコンペティションの100倍になっているでしょう。トレーニング、指導できる人数というのはおのずと限界がありますから、総数によっていろいろな研修に行くようにするという現状のシステムを今後変えていくべきだと思います。
もう1つは地方に行かれる医師に関しても、いま、一番の解決方法は専門医制度の中に1年間、一人医長のように地域病院の皮膚科の研修を義務づけるようにすることだと思います。
マンパワーを病院に集約させる
古川 一人医長のところは病院長と交渉して、将来2人にしてくれるならば残すけれど、1人のままでいいというのであれば引き揚げます、というように、集約化を図ることでもマンパワーを増強できると思います。
先ほど宮地先生がおっしゃいましたが、昔は何年かいて専門医をとり、学位をとり、お礼奉公をしてそれから開業するという流れがありました。新研修制度でそれがなくなってしまったいま、希望者がいない、従えない、あるいは一人医長のままで病院がいいというのであれば、Bという病院は2人でいいですよといってくれているからそちらに集約しますと、決断するようになりました。
宮地 この問題はやはり非常に重要で、集約することによって皮膚科の診療の質も高められ、医師の休みも取れるようになり、2人以上いればお互いに刺激にもなりますし、大学にも勉強にも来られるメリットがあります。森田明理先生の実例では1人のところを2人にすることによって入院を増やせて、収入が2人分以上になったというデータを出して病院長に交渉したという実績があります。1人で疲弊するのではなく、2人でやれば相乗効果があります。京大も基本的には一人医長は解消する方向でいま動いてはいます。
また、先ほどお話した按分ルール以外にも、皮膚科の病院内での果たしている役割をアピールするべきです。他科からの依頼を受けるといった収益の上がらないところで貢献したり、薬疹を診たり褥瘡対策をしたりして貢献していることを、大学側は病院に対して主張することも重要だと私は思います。
女性医師の応援態勢
片山 私が長崎大にいたときに、もうすでに教室の女性医師のお産後の職場復帰はかなりむずかしくなっておりました。その当時、ワークシェアリングやフレックスタイム制導入である程度うまくいっていたのですが、女性医師がいかに職場復帰するかということがまずマンパワーの一番大きな問題かという感じがしています。
古川 和歌山医大でも女性の医師が増えて、マンパワーの調整に苦慮しております。医局14人中6対8で女性が多く、いま現在3人が産休です。なんとかしてあげたいのですが、入局者が多くないとだめな一方、入局者が多くなってくると定員の問題でどこに置いておくか…というジレンマが常にあります。大学院が一番よいのでしょうけれど、そのような若い人は研究を希望しない、という堂々巡りで完全に閉塞状況です。
片山 従来は非常勤のポストがあるためにうまく人事交流ができていたと思いますが、新臨床研修医制度が始まってから、非常勤の定員が大学で制限されて人事交流が不自由になったのは大きな変化です。京都大学での定員はいかがでしょうか。
宮地 昔はいくらでも採用できましたが、いまは5、6人です。それをオーバーする場合には半年交替するなど工夫しています。
いま4割の医学生が女性ですから将来は半分になってもおかしくないわけで、すでに半分以上が女性である皮膚科はウーマンパワーを生かし、フレックスタイムや大学病院を利用して妊娠・出産後に復帰できる体制を整えることをもっと考えるべきでしょう。私のところでも確かにいまでも数人、そういう人がいますし、実際に戻ってくる先生も何人もいますから、そのようなロールモデルをつくるのも大切でしょう。たとえば、なかなか復帰できない場合には最初からパートで来てもらったり、なおかつそういった人材をプールして何人かで回して自分がちょうど子どもが熱を出して行けない日は違う人が代行するようにするといった手段を講じるなど、ウーマンパワーを活用することを真剣に考えないといけないと思います。
片山 従来、女性の出産育児を医局全体でカバーしていた部分があるかと思いますが、ここ2年以内に入った女性医師の何人かに聞いてみたところ、スーパーローテートが始まって一人ひとりがかなり孤立している感じが全国の病院でみられます。横の連携がかなり希薄になっているという証で、是否があるかと思いますが、崩壊してきている昔の医局全体で人を育てるというシステムをもう一度復帰させるのも1つの方法ではないかという気がします。またこれも現場の声と行政の間で乖離が見られる点かと思いますが、余り女性医師支援が過ぎると、今度は逆に男性医師のモチベーションの低下や、診療内容の偏りなどにより、勤務医全体の存在基盤が危うくなるかと危惧しています。
DPC導入の影響
片山 少し話が出ましたが、次に病院の中での皮膚科の位置づけについてです。ある関連病院の院長さんから「皮膚科はなんぼ儲けても知れているから、そんなに稼がんでよろしい」といわれました。皮膚科が稼ぐ分は他の大きな科でカバーしているから、それよりも病院の中での皮膚科の存在感を示すほうがよほど重要であると思います。その院長の先生からはもしそうであれば定員ぐらい、ある程度増やしてあげるし、非常勤であればもう別に人数制限しないということをおっしゃっていただいています。院長が外科系か内科系かで考えが変わってくると思うのですが、そういう考え方もあります。
宮地 医療の質を上げたり、勤務医は保険制度をもっと知るべきですね。大学でそういったトレーニングを受けないことがよくないでしょう。
片山 私もそう思います。
宮地 病院の経営のほうをやっていると、皮膚科に限らずDPCのコーディングだけでも多くの体系が変わります。もちろん自分の皮膚科医療のミッションは変えるべきではありませんが、外泊の日数を減らしたら1億円損失になることや、保険制度の適用を知るなど、少しの心遣いで収益が上がるということはいくらでもあるのです。皮膚科医も病院の中の1つの診療科として、稼ぐときは稼ぐという姿勢が存在意義を示すことになり、それによっていろいろな機器を買うこともできるわけです。
片山 DPCということでいいますと、関連病院でも、ここ数年でかなりDPCが導入されてきて、いろいろな問題が出てきているようです。従来のクリニカルパスどおりではDPCがあって赤字になるところもありますし、ジェネリック医薬品に切り替えて赤字を減らしている病院もあったり、病院の方針として先発品のままで赤字になっているところもまだ比較的残っていて、結果として病院医療が縮小していかざるをえないというようなことがあります。
宮地 私のところでは今度DPCのコーディング専用に医師を配置することにしております。DPCでは外科系の手術などをした場合には、手術をしてなるべく合併症なしに早く退院するほうが収益が上がる構造になっていますよね。逆に抗がん剤などの高価な薬品、あるいは生物製剤を使うと即赤字になりますから、それを解消するには数日間入院してもらう必要があります。また、皮膚科であればたとえば特定保険医療材料やドレッシング剤、それにガーゼ1つにしてもコストがかかっているという感覚をもつことが大切です。われわれが知るべきことですし、開業されたらもっと熱心にやるのではないでしょうか。勤務医はコスト意識にいままで無頓着でしたが、医療の質を変えることなくいまの医療制度の中で生き残れるかということを知ることは非常に大事です。
ホームページの活用
片山 和歌山医大では古川先生が膠原病、全身疾患をかなり前面に出されていますし、准教授の山本有紀先生も積極的に手術をされることを公表されていますので、和歌山の皮膚科開業医の先生にとってどのような患者さんを和歌山医大に送るか決めやすくてわかりやすいと思います。
全国的にみると各大学でどのような医療を行っているかわからないことが比較的多いですね。そこで専門外来などでホームページを充実させて、アウトカムがこれぐらいだと開業の先生などに情報提供し、病診連携を図るというのはいかがでしょうか。
古川先生はさらに何か具体的にやられているのですか。
古川 和歌山市は40万都市で大学病院と日赤病院と労災病院の3つしかなく、皮膚科である勤務医、病院の絶対数が足りないので和歌山医大では紹介患者の半分はほぼ他科からのものです。皮膚科の開業医の先生方には和歌山医大の特徴をある程度理解していただいておりますが、小児科や内科との連携においては当科の特徴をアピールすることは非常に重要で、当初私は大学病院だから京都大学や大阪大学のように“いい百貨店”を目指そうと思ったのです。ところが7、8年経ってみると地理的な状況、それからマンパワーの問題、財政的な問題、独法化した後の問題を考えると、百貨店にはなりえないことを実感しています。そこで、いくつかの専門店を併せた特徴ある病院、皮膚科として、皮膚外科と膠原病と美容の3本柱を立てました。皮膚科の先生からはある程度理解されていますが、特化した場合は、片山先生にも宮地先生にもお越しいただいたことがありましたように、他の領域は講師の方を招いた勉強会でスキルアップしていくしかないと思っています。
いずれにしても皮膚外科、皮膚悪性腫瘍、膠原病の医師を育てるのは非常に時間がかかって、第2、第3のサブスペシャリティをもった医師を簡単に養成できるかというと、なかなかむずかしいところがありますよね。ですから専門店がいくつか集まった皮膚科にしようと思っているのですが、まだ途上です。
また、ホームページについてはとにかく見てくれる人が何人かいるだろうという想定のもとに、私が毎月更新しています。
宮地 先生が更新されているのですか。
古川 はい。
片山 若い先生によると、教授のポリシーがはっきりしているところに、ある程度シンパシーを感じている人が多いですし、ホームページというのはその際の重要な情報源になるようです。
医療事故対策・危機管理のシステムづくり
片山 話題を次に移します。大阪では地域柄なかなか対応のむずかしい患者さんが多く、基幹病院に集まってきます。皮膚科に限らず、どの科の先生の間でもかなり問題になっています。先ほど申し上げたように、医師がかなりメンタル面で追い詰められる例があり、大阪大学病院の場合、すぐに病院の弁護士さんに相談するシステムを2006年から導入し、医療問題として対処するようになりました。
宮地 京都大学でも行っています。
片山 その結果、大学としてはある程度よくなってきましたが、基幹病院ではまだまだ弁護士に相談できる体制ができていないようです。それに対応する一つの手段として、アレルギー学会の西間馨理事長が医療訴訟などの問題があった際に会員が相談できる窓口をつくりました。大阪大学病院では、若い先生が患者さんにクレームをつけられて、看護師が患者さんに殴られたという事例がありましたが、そういった際の対応の相談をできずにいるような状況が積み重なると、疲弊して辞めていくという先ほどの“立ち去りサボタージュ”が発生するようになっていくと思います。
病院として、大学はおそらく危機管理マニュアルはしっかりしてきていると思いますが、関連病院のレベルで宮地先生のところはいかがですか。
宮地 大学は確かに医長などがいますが、京大ではそういった場合に対応する弁護士もいてマニュアルが全部整っており、トラブルをおこした場合には、診療拒否まで行っています。
片山 そうですか。
宮地 医師の立場が上にあり、患者さんにいうことを聞きなさいという時代があり、徐々に患者さんの地位が向上してきて患者さんが意見をいえるようになったことはいいことだと思うのですが、対等になって、いまでは「患者様」と呼ぶほど逆転している時代です。京都大学病院では患者様と呼ぶのはやめています。
古川 和歌山県医大もやめています。
宮地 情報を共有して対等であるべきものが必要以上の権利意識をもって、「自分はお客さんだ」というのはおかしいと思います。そういう患者さんには毅然とした態度を取るべきでしょう。明らかに理不尽な主張もあります。ただ、いま片山先生がおっしゃったように病院のレベルではまだ対応は遅れているのでしょうね。私のところでは病院で問題があった場合にも大学にまで相談に来ます。良し悪しはさておき、大学はいまだに権威が残っており、権威を背景にしてそのような患者さんに説明すると納得するというところもあります。しかし、開業医の先生の説明不足を病院皮膚科医が補っている面もあるし、病院皮膚科医や専門医の不十分な点を大学が補っている面もあるでしょう。そのような構造で支えあっていくのはよいことですから、病院でもそういうシステムをつくってほしいと思いますけどね。
片山 和歌山もそういうシステムですか。
古川 同じですね。病院でも医長になる人が年齢的にも経験的にもキャリアがあればなんとか吸収してくれるし、病院の事務との折衝もやりますが、医長が若い場合はどうしていいかわからないので戸惑うことが多々あります。そういう場合は大学を紹介します。大学の存在価値の一端がそこにありますから。
宮地 そのようなトラブルに対処するとき、一人医長の場合は後がないので追い詰められることになるでしょう。集約化して、1科に2人いれば相談もできますし、目にみえないところでも効果があると思います。
片山 つい最近、医療事故調査委員会を国が立ち上げて、医者の医療事故や過失が刑罰になるかどうか検討するシステムをつくろうとしていますね。
福島の産婦人科が逮捕された件がありましたが、実際に本来、医師は医療でトラブルがおこった場合、刑事罰になる確率が2割ですか。
宮地 そうですね。これは日本の傾向で、アメリカではそういうことがありません。
片山 逆ですか。
宮地 ええ。事故の予防のためには刑事罰をやってもなんの意味もないという考え方です。どうしたら事故をおこさないかのほうが大事です。「刑事罰があるなら何もしないのが一番いい」となってしまいます。手術しなければ手術の事故はおこらない、だから本当は手術したいと思うけれどやめておこう、というように、どんどんわれわれは防御的になりますよね。いまそういうベクトルが働きつつあります。これは患者さんにとって不幸だと思います。
古川 患者さんに全部情報公開をして「医師を選んでください」となるわけでしょう。ただ、患者さんが選ぶのはむずかしいと思います。
片山 宮地先生のお話は非常に好意的にとらえるからそうなのですが、逆の見方でいうと、裁判で判例が決まれば、その判例に従って次々と決まっていくでしょう。
宮地 そうですね。とんでもない判例がずいぶんあります。
片山 皮膚科だけでも、事例と対応を学会レベルで集積した対応マニュアルをつくらないといけないでしょう。
宮地 そうですね。学会ではまだそこまでやっていないですね。でもそれもサポートの一つでしょうね。このままでは医療がどんどん萎縮していきます。患者さんにとって不幸だと思います。日臨皮はまだ弁護しがあるかもしれませんが今後、苦言を呈しても、日臨皮はそれほど反応しなかったですから少し強調していこうと思っています。その開業医の先生に対してはいまいったリスクを負担することもありますし、社会の中の皮膚科の存在意義ということを考えると、在宅の患者さんを診たり往診したり、あるいは学校保健に参加するなどの方法があると思います。
片山 大阪ではかなりそういう活動は盛んですね。
宮地 そういうサンプルをみて、いまはともすると1日100人患者を診ていれば儲かるし、何かトラブルがあったらすぐどこかへ回すという発想の人が少なくないと思います。それだけでは皮膚科全体まで行き詰るということを理解してもらわなければ、いまのままでは実地医科も崩壊すると思います。社会に対して皮膚科の存在意義を示すのが実地医科の先生の役割でもあると思います。
大学と病院の関係
片山 次に、かなり研究離れになってきている大学の問題についてです。大阪大学でも先ほど十何人入るという話がありましたが、ほとんどが研究志向ではありません。臨床医を目指したいという方が多くて、本当に何のために医師になったかわからないような人が増えてきたと思います。京都大学の場合、逆にかなり昔から研究志向でどんどんいい仕事をされたと思いますが、宮地先生いかがでしょうか。
宮地 そうですね。京大ではたくさん採りましたが、やはり同じ傾向は窺えますから私は来年からは少しずつ京大も教育する方針に変えていきたいと思っています。確かになかなかたくさん教育できない面もあるので、研究志向の人優先とまではいかなくても、厳選してしっかり教育できるような医師を増やすよう、少しずつシフトしていきたいと思います。
ある先生が「大阪大学に入局すると田舎はないけれど京都大学に行くと田舎に赴任させられる」といわれたらしいです。日本海のほう、福井、豊岡、小野の病院に派遣すると多くが辞めていきます。女性の医師が増えて、家庭があったり旦那さんの都合があったりすると、辞めます。だから私のところでも和歌山の南北問題ではないけれど、今後は撤退する病院も出てくると思います。結局、近畿一円に集約するようになり、そうなると転勤の必要がなくなり出産後も戻りやすくなります。昔、グループで支えられるというので、京大は小倉、島根まで送っていましたが、すでに小倉は撤退して2007年いっぱいで島根も止めます。その次は日本海となっていくわけです。
古川 それはよくないですね。
宮地 なんらかの制度的な方策を施してもらわないと、もう限界です。もう1人、ある病院に赴任させて、2人ぐらい辞めて1組で3人ぐらい失いますから。そうなったら撤退するよりしかたがありません。さきほどの専門医の条件でいえば、1年間の地域の病院赴任を全部の学科が必須にしたら解決すると思います。
片山 昔、京都大学で今村貞夫先生が博士論文と専門医の論文を1つずつ書きなさいとおっしゃいましたね。
宮地 今村先生は学位は英文論文2編書くようにといって厳しかったですね。しかしいま、専門医をとるのが大事です。じわじわと医療崩壊が婦人科や小児科のように皮膚科の領域に押し寄せていますが未然に防ぎたいところです。それぞれの職域で、勤務医だけではなくて開業の先生も大学の先生も同じように危機感教育は大事だろうと問題提起をしているわけですが、今後どのようにしてこれを数年かけて生かしていくかということが問われています。
片山 私自身、今後女性医師には出産、育児の期間に比較的自由のきく大学院に行き、そこである程度の期間研究に従事するように指導しております。もちろん現時点では彼女達は臨床研修と専門医取得の方が関心が高く、研究への意欲は低いのですが、基礎の教授達と連携して、研究の楽しさをアピール出来る機会を多く提供できるようにしています。また大阪大学でも今年から社会人大学院を導入し、保育所などの設備も拡充しております。長い目でみるとやはり若いときに何かに打ち込み、成果として論文まで発表している先生は開業されても、指導的な立場で活躍されているようですし、皮膚科の診療に関しても問題意識をもたれている先生が多いようです。
皮膚科の存在意義をアピールするには
片山 最近の傾向として、若い人は3Kを避けて儲かるから皮膚科を選択する率が高いということがよくマスコミで出てきます。他科からも、われわれはこれだけたいへんな目にあっているのに一方で皮膚科は…という認識でとらえられています。開業医のみならず、勤務医に対しても他科からのバッシングがかなり強くなりつつあるのではないかと思います。そうなると病院の中のポジショニングにも良い影響を与えないでしょう。われわれはいかにそういったことに反撃していくかも考えていく必要があると思います。
宮地 それには病院で皮膚科の専門性を発揮することでしょう。いま、昔とは変容してきている大学病院や病院勤務の実態をアピールすることが欠けているのではないでしょうか。皮膚科は非常にシャイな人が多いとは思いますが。
片山 宮地先生と古川先生はアピールがお上手と思うのですが、その点いかがですか。
古川 病院の中で、その部署の中で発言して「あの人は怒らせると怖い」というぐらいに病院側に思わせないと、どんどん軽くみられて不利になります。確かに病院長の立場からいうと皮膚科は売上は少ないですし、9時5時とはいわないまでも他の科に比べると夜中に脳外や麻酔科が緊急手術をやっているようなことが基本的にはない。そういう切り口でどんどん責められておとなしくきいているだけだとすぐ外堀を埋められてしまう。そういうときに反論するだけの自分の城の実力と、存在感を常にアピールすることです。とっさにいわれたときに切り返すだけの根性がないと、やはり皮膚科はつぶれるので、皮膚科の教授もそろそろバーンアウトしてしまうという時代なのでしょうか。日々戦場みたいなところはありませんか。副院長の宮地先生はいかがですか。
宮地 経営上はさきほど申しましたように稼働額にみな惑わされています。種類とは全然違うのだということを図らずも今回、京都大学は露呈しました。非常に赤字だというのがなぜこれほど黒字になったか。心臓血管外科をやめたことも大きな要因ですが、さきほどの按分ルールや稼働額ではないのだということを主張すべきでしょう。やはり皮膚科は皮膚科で患者だけでなくて医師のアメニティ、QOLも大事だと思います。それを尊重する人が皮膚科に来るのは全然問題ないと思います。
また、手術が好きで、朝から昼まで走り回って酒を飲んで寝ようというのが外科系のイメージの1つにあると思います。そうではなく、私生活も大事にして、医師は内科というのもやりながら楽しみながら、仕事が終わったら自分の私生活もアメニティも大切にするというのは大事でしょう。
古川 しかし、病院全体で100人入局してたとえば1/3くらい皮膚科にいくという状況はいかがなものかというのもわかる気がします。
宮地 そうですね。2006年、確か形成外科が一番伸び率が高くて皮膚科も多かったでしょう。京大でも2006年の入局した百何人のうち形成と皮膚科だけで3割ぐらいを占めました。外科などは3人しか入りませんでした。これはいかがなものか。ですから少しうちも減らして厳選しましょうという動きになりました。
古川 大勢入ること自体はいいと思いますが悪性腫瘍を診られたり、ケモができ、手術ができる、膠原病をきちんとほとんどできるようないい医師を育てていただき、地方に回していただければいいのです。
片山 結局大勢入ってもどれだけきちんと教育ができるかということにかかってくると思いますね。阪大でも中途半端な皮膚科医が増えて、それが首を絞めていくみたいな状況です。
古川 そうですね。結局、湿疹、みずむししか診れない医師になりますよね。
宮地 将来的に1大学3人に絞るようにしたら、いろいろなところに赴任してもらえるようになるでしょう。
古川 将来といわず次年からそうしてください。
宮地 3人に絞って、その代わり専門医を置くようにして、明らかな差別化をしていけば、自分たちの職域を護ることになり、質の高い医師を養成することにつながります。前向きに検討したらいいと思います。3人ずつ採っても全国87大学で約260人、十分じゃないですか。
古川 地方の私のところは1人2人しか入らないですが、いままでなんとかやれているのは、途中で辞める人がほとんどいなかったからです。1人入っても3人辞めて、2人減っていたらもう立ち行きません。
片山 いえ、そんなことはないと思います。いまの都会に集まっている人は、そのうち全部ゼロに近くなってくると思いますね。
宮地 というのも都会志向の人はみな、東京は人口が多くて、東京出身だから東京に帰りたいということですし、次はブランド志向です。東大医科歯科系は行きたい、となるわけですよ。そのような格差があるのが現状です。地域の格差、診療科の格差、男女格差。まさに格差社会ですよ。そこを皮膚科の中でもいろいろ検討することが必要でしょう。
片山 つまり、きちんとした皮膚科医を医局、あるいは皮膚科学会全体で育てていくという形にならざるをえないと思いますし、先ほど宮地先生がおっしゃった開業医の先生とも決して敵対関係ではなくて、うまく教育するための医局が必要になってきます。
皮膚科専門医による美容皮膚科
片山 いま、美容皮膚科を希望されている方が多いですね。古川先生はいかがお考えですか。
古川 私は大学で美容皮膚科関係のことをやっていますので、研修医からの問い合わせは多いのですが、その段階で、少なくとも皮膚科専門医の資格を取るまでは外科もやっていただくし、褥瘡、潰瘍、火傷もやっていただき、先のことはその後に相談します。
最初から美容だけというのはありえないでしょうというふうにいっておりますが、そういう方は私のところにはほとんど来ません。それは私の大学でのあり方なのですが、ただ一般美容皮膚科というのはいま2,000人を超えるような状況にあって、日本皮膚科学会の傘下の団体では一番大きいですよね。そのなかでタイミングよく、日本皮膚科学会の専門医の上に指導専門医、日本皮膚科学会美容皮膚科・レーザー指導専門医をつくり、きちんと皮膚科のことを勉強して、皮膚病の診断がきちんとできる人でないと認めないという制度はつくっています。
宮地 皮膚科専門医を通った人にしか美容の専門医を与えないと強調するのは大事なことで、たとえば形成外科学会の講義を受けましたけれど、形成外科医とか非専門医は美容の専門医を取れません。ですから美容皮膚科専門医と名前がついて美容外科専門医は取れるのは当然のことであり、それによってわれわれは自分たちのスペシャリティを護る。場合によってはもっと標榜制度に対しても介入すべきだと思いますよ。専門医制度ももちろんもつべきです。
今後は社会の目がもっと厳しくなってくれば、患者さんは医師を選択するのに美容皮膚科専門医をもっているかどうか判断基準にするでしょう。そのときにいまの制度でいけば皮膚科専門医以外はなれませんからね。形成外科医もなれないですし。いまははそういう過渡期です。淘汰されるべきだと思うし、商売がうまい人はやるでしょうけれど、基本的には美容皮膚科専門医というのは評判がよくないものです。理事会で絶対に守るべきだといっています。
片山 そういう現状がありますね。医科審議会は医師でない人がやっているわけでしょう。それが一番大きな問題ですね。
古川 これは日皮会、日臨皮というレベルあるいは日本美容皮膚科学会で解決できることでしょう。
宮地 皮膚科学会の中にもそういう保険のことをやっている人がいますので、学会としてもいまの専門医の標榜制度を護ったり、あるいはロビー活動をして点数を上げたりするようにしてはいかがでしょうか。眼科の臨眼というのは学会が護ろうとして、それをロビー活動に使っていますね。米国でも同様で、乾癬の患者さんは人口の2%いるので、上院議員2人落とせるくらいのものすごい圧力団体になりうる。
片山 すごいらしいですね。
宮地 政治を動かせるすごいパワーなんですよ。眼科の点数が高いのは、ひとえにロビー活動の効果だと思います。だから皮膚科学会もそういうロビー活動を介して護るということをしないといけないでしょう。ロビー活動は皮膚科医を護る1つの手段ですね。
古川 日皮会で美容の制度をつくってもらったら、皮膚科学会あるいは日本臨床皮膚外科学会が学会の質を各傘下の会がレベルを上げるようにしないといけないでしょう。ランチョンセミナー、特別講義、シンポジウムなど、美容皮膚科学会は日本臨床皮膚科学会のレベルをやはり上げていかないといけないだろうし、美容関係でも割合学位を出して、その後1年ぐらいは臨床を経験させますからね。
テーマは与えようによってはあるので、やっている立場、レベルを上げさせる。また、われわれのような世代では傘下の学会のクオリティを上げるように、ときには強圧的な手段もとってシェイプアップし、きちんとレベルアップしていかないといけないのだろうと思っております。
片山 ぜひそのあたりはお願いしたいと思います。あと数年したら自然淘汰で落ち着くところに落ち着いていくとは思うのですが、それまでの過程でまた問題が出てくると思うので、ぜひよろしくお願いします。
本日はどうもありがとうございました。これで座談会を終わりにしたいと思います。
出典・許諾(©協和企画)
『皮膚病診療』 Vol.30,p.331,2008
座談会「病院皮膚科が生き残るために」
2007年